まなたろぶろぐ

福岡大学卒 社会人2年目

そこまで考えるやつはいねえ

こんにちは。

 

塔村です。

 

先週のゼミは、前回与えられた課題についてグループディスカッションを行いました。
manataro1112.hatenablog.com

 

最初に、教育開発支援機構よりお越しいただいた須長先生に、哲学についてや哲学対話のルールについてお話しいただきました。

哲学とは、当たり前に対して「なぜ」と問うことです。例えば、空はなぜ青いのだろう、とか、人間はなぜ学ぶのだろうとか。では、「なぜ」問いを立てるのか。それは、モノを考えることにあります。何かに対して”?”という感情を抱けば、人は考えます。逆を言えば、”?”がなければ、人は考えないのです。”?”と思うことで思考力を鍛え、知識や価値観といったある種のモノの見方や考え方しかできなくなった土台を分解し、”そもそも”を考えます。問いを立てて当たり前をゆさぶり、違う見方をするのです。

f:id:manataro1112:20190430170502j:image

f:id:manataro1112:20190430170519j:image

哲学対話のルールは、①結論を急がない、②自分の考えを強要しない。①は深い考えにするため、②は相手の考えも受け入れるためです。

f:id:manataro1112:20190430170538j:image

f:id:manataro1112:20190430170550j:image

 

そうして始まったグループディスカッション。まずは利己主義についての感想を言い合いました。森さんは今まで考えたことがなかったけど、課題の文章を読んだとき、過去の自分を振り返ると実は利己主義が働いているのかもと思ったそうです。松岡くんや見学に来て一緒に参加してくれた2年生のよこべさんも、人助けしたときのことを考えると自分も利己主義かもと感じたといいます。そして私も利己主義は当てはまると思いました。

f:id:manataro1112:20190430170855j:image

グループ全員が利己主義わかるーっという方向に向かったわけですが、時と場合によるのではないか、という意見もでました。目の前の人が死にそうな時、目の前の人が授業中プリントを落とした時。前者の時、多くの人は迷わず行動に移すはずです。しかしそこに利己主義はないと思います。また、自分の家族が困っている場合、赤の他人が困っている場合。前者の場合、多くの人は迷わず行動に移すはずです。しかしそこに利己主義はないと思います。すなわち、全ての行動が自分のためではないのです。だから、全ての行動を利己主義と決めつけるべきではないと考えました。f:id:manataro1112:20190430170842j:image

しかし、深く深く考えていけば、結局みんな自分のためなのではないか、と話は進んでいきました。いくら目の前に人が死にそうだから、とか、自分の家族だから、といっても、根底には”自分”がいて、その”自分”のために何かアクションを起こしているのではないかと考えました。この考えにグループで納得しました。が、それを言ってしまえば、そうなのだが、そこまで深く考えて生活している人はいないのではないか、みんなそうなんだけど、普通はその手前で止まるのではないか、という考えに行きつきました。

 

たしかに考えれば、最初に意見を言い合った時、人助けをしているときは、利己主義などということは全く意識していないけど、あとから思い返すと利己主義なのかも。。と感じることがまさにそうだな、と。その瞬間は目の前のことに必死で、助けなきゃという思いだけで行動に移すけど、後から冷静になって考えてみると、あれ実は自分のためだったのかな、と考える。これは変な事でもなんでもなく正常だと思います。だって根底には”自分”がいるのだから。f:id:manataro1112:20190430170820j:image

利己主義に正しいも間違っているもなくて、極論をいえば、自分のため、だけど、そこまで考える人はいない。と話はまとまり、グループディスカッションが終了しました。

 

 

利己主義のそもそもの意味(社会や他人のことを考えず、自分の利益や快楽だけ追求し、ワガママ勝手に振る舞うやり方。)を考えたり、利己主義の中に利他主義があり、利他主義の中に利己主義があるのではないか、という名言みたいな意見も出ていたりして、他のグループの考えも面白いなと聞いていて思いました。f:id:manataro1112:20190430170924j:image

f:id:manataro1112:20190430170936j:image

これという結論はないにしても、考えている過程はすごく楽しかったし、共感する部分や、自分にはない他の人の意見を聞くのが面白かったです。哲学の考え方えを知ることが大事だと学んだ充実した時間でした。須長先生ありがとうございました。

 

それではまた次回。